BPSDを有する認知症に対する治療戦略 ~少量薬物治療の試み~

平成27年11月
タイトル:BPSDを有する認知症に対する治療戦略 ~少量薬物治療の試み~
筆者:大平政人、萩原覚也、萩原秀男
   (介護老人保健施設 萩の里、白萩病院、萩原医院)

I. はじめに

近年、高齢化に伴い認知症になる人の割合が急増している。厚生労働省の研究班によると、10年後の2025年には700万人を突破すると予想されており、人々への認知症に対する知識の普及と介護へのサポートは必須のことと思われる。また、今年10月下旬には、認知症への支援策として地域における「認知症初期集中支援チーム」の必要性が政府から発表された1)。しかし、全国市町村で設置予定は306自治体に留まり、全体の17.6%にすぎないことが判明しいずれも十分に普及しているとは言い難い。

認知症は、住み慣れた地域で医療・介護を受けられることが原則だが、症状が重症化すると行動・心理症状(以下BPSD)により、介護する家族が疲弊困憊してしまう2)3)。そこで、我々はまず地域の老人保健施設の役割として、BPSDを生じて困っている患者さんと疲弊した家族をショートステイでの受入れを試みた。更に、その人の尊厳を支えるケアを行う4)と共に、少量の薬物治療を行いその効果を検討した。この方法が、今後増え続ける認知症のBPSD合併例に対し、介護老人保健施設の新しい役割として一石を投じるものではないだろうかと考えている5)。

II. 目的及び方法

認知症治療の目的は3つである。①介護疲弊を来さない、②BPSDの症状を改善させる、③地域住民より信頼される施設を目指す。 介護老人保健施設萩の里は、100床有している在宅復帰強化型老健であり、そのうち一般棟が58床で認知症棟が42床、ショートステイ用ベッドとして20床を稼働させている。その他、内科クリニックと療養型病院(120床)があり、密接な連携を取っている(図http://www.shujikai.jp/media/admin/buttonUpdate.gif1)。

我々の施設の特徴として、入所時にHDS-R(長谷川式簡易知能スケール)・MMSE・CDT(時計描画テスト)を直ちに行い、その結果を家族に説明し必要に応じて認知症短期集中リハビリの指示を行っている3)。驚いたことに、それまで家族は認知症の重症度等の内容について病院からはほとんど説明を受けておらず、当施設に来て初めて詳しい説明を聞いて納得されるケースが多かった。

対象は47例であり、平成24年4月~平成26年11月の2年7カ月の間当施設に入所した認知症例である。男女比は男性28名、女性19名で、年齢は男性61~96歳(80.9±9.0歳)、女性71~96歳(84.4±7.8歳)であった。疾患の内訳は、アルツハイマー型認知症(AD)26例、脳血管性認知症(VD)9例、前頭側頭用変性症(FTLD)6例、レビー小体型認知症(DLB) 6例であった(表1)。また、FTLD(ピック病)、DLB(レビー小体型認知症)が疑われる場合は入所後更にピックスコア、レビースコアの検査を行い、各々4/16点、3/16点以上だとほぼ確定的とした13)。

薬物治療に関しては入所時に関連クリニックを受診し、BPSDに対する薬物が処方される。また、薬物治療の方法はコウノメソッドにのっとり家庭内天秤法を参考にした施設内天秤法を駆使し、極力少量投与を原則とした(表2)。尚、薬物治療を行うに当たっては、キーパーソンである家族にその必要性と起こりうる副作用について丁寧に説明し、理解されるように努めた。

開始後1年間は、高度なBPSDが理由で緊急でショートステイを受け入れるケースが多かったため入所後に薬物治療を行ったが、2年目以降はほぼ通常の入所となり入所後は薬剤の微調整や変更のみのケースが多く見られた(図1)。薬物治療の処方については、入所後のBPSDを毎日チェックし、その症状により薬剤の増減を行った。内科クリニックでは、重症のBPSD(例えば暴力・極度の不穏で家族の人が疲弊してしまう)をコントロールすることは極めて困難となるため病院あるいは我々のような施設に緊急入所となる。そしてその多くが陽性症状である(図2)。

この場合、投与する薬剤はGroup1であるチアプリド塩酸塩(グラマリール)、クロールプロマジン(ウィンタミン)、抑肝散をまず2~3Tの範囲内で投与する。それでもコントロールが出来ないならば、チアプリドは6Tまで増量可で次のステップ2へ進む。妄想が強ければ1日2~3Tの範囲内でハロペリドール(セレネース)を用い、興奮や暴力行為がみられ不穏状態が見られれば、リスペリドン(リスパダールOD錠0.5mg)やオランザピン(ジプレキサ2.5mg)少量を頓用としている。一方、活気が無く無気力の場合は、点滴シチコリン(ニコリン1000mg)を投与すると覚醒することが多い。内服としては、ニセルコリン(サアミオン)を投与し脳血流増加を目指す。

<倫理的配慮について>
尚、本研究では倫理的配慮のため、対象者に本研究の目的や方法、研究参加への自由意思と拒否権、個人情報の保護、研究目的以外では使用しないことについて、書面を用い口頭にて説明した上で承諾を得た。また、本研究は、当院に設置されている倫理委員会に置いて承認された。

III. 結果

認知症治療の目的は3つである。①介護疲弊を来さない、②BPSDの症状を改善させる、③地域住民より信頼される施設を目指す。 介護老人保健施設萩の里は、100床有している在宅復帰強化型老健であり、そのうち一般棟が58床で認知症棟が42床、ショートステイ用ベッドとして20床を稼働させている。その他、内科クリニックと療養型病院(120床)があり、密接な連携を取っている(図http://www.shujikai.jp/media/admin/buttonUpdate.gif1)。

BPSDの症状について介護する側が最も疲れ難渋するのが陽性症状である。しかも、症状も単一でなく、重複していることが多かった。内訳は、①暴言・暴力14例、②極度の不穏(車いすより立ち上がり等)22例、③頻回の徘徊13例、④頻回の帰宅欲求13例、⑤奇声6例、⑥易怒性5例、⑦不潔行為3例、⑧幻視3例、⑨その他(せん妄、自傷行為、独語、収集癖)4例であった。これらの症状に対して、ユマニチュードによるその人の尊厳を支えるケア、つまりパーソンセンタードケアを行う。しかし、この方法でもBPSDの改善が見られない場合には先述した方法で少量の薬物治療を行った。結果、このケアと薬物治療によってADLが改善したもの14例(30%)、ADLが低下せず維持できたもの27例(57%)であった。一方、過鎮静のためにADLが低下したもの6例(13%)であった。いずれも薬剤は一時中止し点滴治療などを行い改善に努めた。

拘束に関しては、ケアと薬物治療によって7例が解除可能となった。拘束内容の軽減は1例に見られ、変化なしは6例であったが、これらすべて一時的な拘束であった。尚、ここでいう改善とは、暴言・暴力などのBPSDが半減し指示が容易に入る状態とした。 下記に薬物治療の内容を示す。(表3)

第一選択として使用したものはチアプリド(グラマリール)、クロールプロマジン(ウィンタミン)が22例(47%)、第二選択としてはクエチアピン(セロクエル)、リスペリドン(リスパダール)、オランザピン(ジプレキサ)などが8例(17%)であった。また睡眠薬はペンゾジアゼピン系のトリアゾラム、ブロチゾラムなど17例(34%)を併用した。抑肝散は7例(15%)であり、せん妄、幻覚に対しハロペリドール(セレネース)を3例(6%)に投与した。チアプリドは75mg以下、クロールプロマジン4~25mgの範囲内で投与した。

ここで、施設の認知症病棟(42名)における夜勤の状態を紹介する(図3)。夜勤は原則として2人である。夜勤者は夕方5時に出勤し申し送りを受け、翌朝9時までの16時間勤務である。この間、高度なBPSD患者さんが多数いる場合は、より緊張が強いられることとなる。18~19時の夕食時には当直看護師も加わり食事介助とオーラルケアを行い、その後20時半までは遅番を含めたヘルパー3人が部屋へ入所者を誘導しオムツ着脱を行う。以後、翌朝7時までは2人のヘルパーにてこの認知症棟のケアを行う。途中、ヘルパーが交代で20時半~21時と23時半~深夜1時半に休憩を取る場合は、もう一人のヘルパーがフロアを見守る必要がある。ポイントは、BPSDの激しい認知症患者さんがいた時には夜勤スタッフはフロアから全く目が離せなかったが、少量薬物治療を導入してからはゆっくりと休憩が取れるようになり、余裕をもってフロアの見守りが可能になったことである。もちろん、BPSDを持つ入所者の対応にも少しずつ慣れたこともあるが、少量薬物治療の恩恵が大きいと思われた。そして、何よりも面会に来られた家族が入所者の症状が改善したことにとても感謝してくれることが、我々スタッフの大きな喜びとなったことである。

IV. 考察

近年、急増する認知症患者に対し病院以外での対応が急務である。しかし、BPSDが重症化した場合は在宅介護を続ければ、介護者の疲労が増し仕事を止めざるを得なくなったり、自殺を考える程、自分を追い詰めるケースもあった2)3)。その中で、介護老人保健施設は病院から在宅に戻るまでの中間施設として機能してきた。

今年の1月に全国集会で「老健施設の未来を考える~未来型の老健の在り方~」が討論された6)。この中で、BPSDが重症化した時の対応が得意である施設、「認知症特化型」という老健のモデルが提示された4)。これは老健施設の新しい在り方を提示しており、まさしく今我々が老健で行っている認知症の治療である。言わばパラダイムシフトである。パラダイムとは、アメリカの科学史家トーマス・クーンが提唱した言葉7)で、科学研究を一定期間導く規範となる業績のことであるが、現代では人々の見方、思考の枠組みをさすようになった8)。我々は、老健施設において新しい地域の担い手として意識改革、“パラダイムシフト”を行い、認知症に対して取り組む必要があると考えて行動を起こしたのである。

BPSDを合併した場合、第一に行う事は、①見る、②話す、③触れる、④立つというユマニチュードに基づいた全人格的なケアである9)10)。しかし、このケアによっても暴言、暴力や不穏などの症状が改善されない場合は、介護する側にとって極めて大きな身体的、精神的負担となる。そこで我々は、3年前よりこれに対し少量薬物治療を用いることを試みた。そのためには本法を用いる医師自身、そしてスタッフ全体によるパラダイムシフトが必要であると考えた。具体的には、
① コウノメソッドを取り入れ的確な診断を行い、少量による薬物治療を行う11)12)
② スタッフの教育を週2回30分行う。地域ケアマネジャーにも同様に月2回行う
③ 家族へのインフォームドコンセントをしっかり行う
④ 介護者へのレスパイトケアに緊急ショートステイを受け入れる
⑤ ケアマネジャー、紹介医へしっかり情報をフィードバックすることである。

治療に先立って行うのが病型分類である14)。その後、ケアが困難な場合にはBPSDに対して少量薬物治療を行う事になる12)。病型分類は、問診に加え診察時の所見でほぼ可能であるが、必要に応じ隣接する関連病院にてCT検査もする。アルツハイマー型認知症(AD)、脳血管性認知症(VD)については診断が比較的容易であるが、FTLD(ピック病)、DLB(レビー小体型)には注意を要する。FTLD及びDLBは、診断に不慣れな医師にとって少し戸惑うが、河野らの提唱する診断基準であるピックスコア(16点満点で4点以上、レビースコア3点以上でほぼ診断を確定)、を利用すると容易に判断できる。このスコアを用いれば専門医でなくて我々勤務医でも容易に診断が可能である。

少量薬物治療について記す。我々は、コウノメソッドの家庭内天秤法を応用した施設内天秤法で薬の投与量を決めている12)。これは本来介護者の負担を軽減させるために考案された方法で、症状に合わせて量を加減することが最大の特徴である。我々のような老健施設では、前日 特に夜間にどの様なBPSD陽性症状が出現し介護者が困ったかを考え、その日から薬の投与量を決定するのである。当初は面倒だと思っていたが、症状が安定すると介護・看護も楽になり、介護疲弊も無くなりヘルパーがバーンアウトすることはほとんどなくなる。本法にのっとって実施すれば、我々が初期に経験した過鎮静も極力減らすことができると思われる。重要な事は、治療するターゲットとなるのはあくまでBPSDに対しであり中核症状ではない点である。

認知症でBPSDが悪化した時は、第一に相談を受けるのがケアマネジャーである。静岡市は約70万人が住み20の老健施設があるが、薬物治療を行っているのは我々の施設1つだけである。その1つだけでも薬物治療が可能となっただけで、多くのケアマネジャーが安心して施設を使用できるとの声を多く聞いている。かかりつけ医も対応困難な事例が老健のショートステイや入所で対応可能となると安心できる。厚生労働省は、平成18年度からかかりつけ医による認知症診断のスキル向上のための事業を行っているが、未だ問題点も多い15)。しかも認知症の医療・ケアをめぐる諸問題を数多く指摘されている。特にBPSDに対するガイドラインもしっかりと整備されていないのが現状である。 認知症の医療・介護の最前線に立ち3年間、少量薬物治療を行い感じたことはBPSDが改善すると家族から感謝されることである。そこに我々医療・介護に携わる者にとって大いなる喜びとなるのである。 よって、介護老人保健施設の古いイメージから脱却してパラダイムシフトを行い、一歩を踏み出す時期が今まさにこの時ではないだろうか。(本論文の要旨は、第16回認知症ケア学会(札幌)にて5.月23日に発表した。)

V. まとめ

ここ3年間、BPSDを伴う認知症に対しユマニチュードに基づいたケアに加え少量薬物治療を行い良好な結果を得た。介護老人保健施設であってもコウノメソッドを学び、診断・治療を行い多職種が協働して作業すれば、症状が改善し介護する家族に福音をもたらすと確信している。

VI. 参考文献

1) 厚生労働省 (2015)「認知症施策推進総合戦略」(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000076554.pdf,2015.12.1)
2) Ricardo F Allergri, Diego Sarasola, Cecilia M Serrano, et al.: Neuropsychiatric symptoms as a predictor of caregiver burden in Alzheimer’s disease. Neuropsychiatr Dis Treat, Mar 2(1):105-110(2006)
3) Tanji H, Ootsuki M, Matsui T, et al.: Dementia caregiver’s burdens and use of public services. Geriatrics & Gerontology Int.: 94-98(2005)
4) 本間昭:「2015年高齢者介護」における認知症ケア.老年精神医学雑誌,1349-1352(2004)
5) 萩原秀男,萩原覚也,大平政人:介護老人保健施設におけるBPSD治療の試み~少量薬物治療の実践とその先に見えてきたもの~.認知症治療研究会誌,50-61(2015)
6) 中村秀一,栃本一三郎,東憲太郎:老健施設の未来を考える~未来型老健のあり方とは~.老健24-29(2015)
7) Kuhn Thomas S;The Structure of Scientific Revolutions.University of Chicago Press, Chicago(1970)
8) 野家啓一:現代思想の冒険者たち24クーン.講談社.214-218(1981)
9) 本田美和子,イヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティ:ユマニチード入門.医学書院(2014)
10) 菊池拓也,石川翔吾,本田美和子ほか:人の尊厳を基軸にした「ユマニチュード」のコミュニケーション技法の分析と評価Ⅳ.The 28th Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence.1-4(2014)
11) 木村武実:BPSD症例から学ぶ治療戦略.フジメディカル出版(2012)
12) 河野和彦:認知症一家族を救う劇的新治療.主婦の友社(2011)
13) 河野和彦:コウノメソッドでみる認知症Q&A.日本医事新報社(2014)
14) 中島健二,和田健二:認知症診療Q&A.中外医学社(2012)
15) 本間昭:アルツハイマー病の臨床:現状と解決すべき注意点.日本薬理誌.347-350(2008)