第26回全国老人保健施設大会
平成27年9月3日~9月4日
タイトル:認知症患者の在宅復帰に向けたトイレ移乗アプローチ
演者:磯部 五月

Ⅰ.はじめに

介護老人保健施設萩の里では入所利用の対象者に認知症短期集中リハビリテーションを行っている。今回、運動学習が困難な認知症症例に対して、認知症短期集中リハビリテーションを行い、在宅復帰に重要な動作であるトイレ移乗に対し視覚的・聴覚的フィードバックを行う事で運動学習が可能になるかどうかを今回の研究の目的とした。

Ⅱ.対象

長谷川式簡易認知機能テスト(以下HDS-Rとする)が5点から25点(平均13.9±3.9点)の、週に3回認知症短期集中リハビリテーションを行っている、平均年齢83.2±6.5歳の17症例とした。また、その中から平成27年3月以前に入所した11症例を対照群(HDS-R平均14.1±3.1点、平均年齢82.1±5.8歳)、3月以降に入所した6症例を検査群(HDS-R平均13.5±5.4点、平均年齢85.3±7.7歳)とする。その際に身体機能の低下が著しく、トイレ移乗動作のFunctional Independence Measure(以下FIMとする)が2点以下の重介助者、または在宅復帰に関してトイレ移乗動作の能力向上をニーズとしていない症例は対象外とした。

Ⅲ.実施期間

トイレ移乗マニュアル作成時から3週間実施した。

Ⅳ.方法

1.実施内容
まず入所後の初回評価から退所後の在宅での生活を想定したトイレ移乗マニュアル(以下マニュアル)を設定し、そのマニュアル通りの動作を、ビデオカメラを使用しセラピストが行った手本のVTR①を作成する。マニュアルはA4用紙を使用し手順を設定し記載する。週に3回ある認知症短期集中リハビリのうち、1回目はテストAとテストBを行う。また、初回のテストに限り直前に一度あらかじめVTR①とマニュアルを症例に確認させる。残りの2、3回目は初めにVTR①とマニュアルの確認をし、その後繰り返しマニュアル通りに動作が行えるよう実践する。マニュアル通りに行えたかは、ビデオカメラを使用して本人の実際の動作の様子をVTR②として作成しマニュアルと比較して言語的・視覚的フィードバックを与え訓練した。

2.評価
検査群はテストA.Bを、対象群は入所から3週間のトイレ移乗FIMを評価した。
テストA:実際にトイレにて設定したマニュアル通りの動作が行えるかビデオカメラで
撮影しながら行う。点数はFIMでつける。
テストB:設定したマニュアルを口頭で説明させる。チェック項目は①入室から便座までの
移動②方向転換③着座動作④立ち上がり動作⑤退室までの移動、の5項目で、
5点満点で点数をつける。
査群で行ったテストA.Bの初回と最終の点数の変化の比較と、検査群と対照群のトイレ移乗FIMの変化の比較を行った。

Ⅴ.結果

テストAの点数は6症例で平均1点向上し、有意差が認められた(p<0.05)。
テストBでは6症例で平均1.3点上がり、有意傾向が認められた(0.05<p<0.1)。
検査群と対照群のトイレ移乗のFIMを比較したところ、検査群の点数向上に有意差が認められた(p<0.05)。

Ⅵ.考察

検査群のFIMの点数の変化から、認知機能に低下が認められる症例が対象であっても、ビデオカメラを用いた視覚的なフィードバックを用いた訓練は3週間という短期間で有意な改善が認められると可能性があると示唆される。また、テストBの結果にも有意な改善の傾向が認められ、マニュアルを使用する事で得られる視覚的・聴覚的な言語フィードバックがFIMの点数の向上に影響を及ぼしたのではないかと考えられた。検査群のFIMの改善が対照群と比較して有意な差が認められたことから、トイレ移乗動作の運動学習に関して、本研究の様に視覚や聴覚、様々な感覚フィードバックを与える事は動作の表象を作り上げ、安全な動作を獲得するうえで重要である。なるべく早期に安定したトイレ移乗動作を獲得する事は、入所中の心身機能・活動機能の維持向上に影響を及ぼし、介助量が軽減され、フロア内での負担の軽減にも効果がある。また、介助量が軽減することで、家族の負担を軽減させ、スムーズな在宅復帰が可能となる。

Ⅶ.結論

今回の研究では認知症短期集中リハビリテーションでトイレ移乗動作の運動学習に焦点を置き、効果的な視覚的・聴覚的フィードバックと手順の記憶により短期間で動作レベルを向上することができた。この結果、3週間という短期間のリハビリ介入で、在宅生活に不可欠な動作の介助量が軽減され、在宅復帰の一助となる可能性が示唆された。しかし、本研究では症例数が少なく、信憑性が十分でない。今後はさらに対象症例の設定をして、数を増やしつつ継続して研究していき、少しでも多くの認知症患者が在宅復帰し、安全に生活できるような方法を模索していきたい。