平成27年6月3日
タイトル:介護老人保健施設におけるBPSD治療の試み
―少量薬物療法の実践とその先に見えてきたもの―
筆者:介護老人保健施設 萩の里 萩原秀男、萩原覚也、大平政人

I. はじめに

今日、日本の認知症患者数は460万人と言われており、まもなく500万人を超えるものと推察されている。それに伴って、BPSDを併発している患者数も相当数いると考えられる。家庭であれ介護施設であれ、さらに一般病院であれ、BPSDを伴った認知症患者さんの対応には家庭崩壊をきたすこともあり非常に苦慮している1) 2)。
そこで介護老人保健施設萩の里では、その困っているBPSD患者さんの症状を少しでも軽くし、本人のQOL向上と家族及び介護現場の負担を軽減するために、ショートステイ(以下SS)を使い少量薬物療法を試みた。実際BPSDを軽減させ、より多くの患者さんがより長くSSを利用することが可能か否かを調べた。更に、BPSDで家庭崩壊に瀕している家族にとっての「駆け込み寺」としての役割を担えるか否かも検討した。そして、現在認知症にまつわる諸問題の解決の一助となりえるのか、更に急性期病院や精神科病院でのBPSD併発患者の「受け皿」施設として、老健認知棟が適切か否かも検討した。

II. 少量薬物療法の実践

1)医療法人秀慈会の概要
医療法人秀慈会は静岡市にあり、介護老人保健施設100床(認知棟42床、一般棟58床)の在宅復帰強化型老健である(図-1)。現在、ロングショートを含め、ショート用ベッドは20床をもって稼働させている。                 
図-1 秀慈会の概要

2)萩の里における少量薬物療法の歩み 図-2の如く、平成23年秋より、コウノメソッド3)4)の学習を開始した。平成24年4月から認知棟において少量薬物療法を始めたが、当初は看護師や介護士の薬物に対する偏見が著しくかなり難渋した。 ここでいう「少量薬物療法」とは、一般的に精神病棟で使われている薬物療法とは別のもので、あくまで暴力行為などの周辺症状を落ち着かせつつも過鎮静にはならず介護がしやすくなるように、最小限の薬物量を調整し処方することである。


図-2 萩の里における少量薬物療法の歩みと今後の展望
そこで、病棟の朝の申し送りの時間に、毎日10分程度のミニレクチャーを行った。3カ月ぐらい経ったところで、病棟の女性介護士が患者さんの暴力行為で口腔から出血してしまい、それより病棟の皆が少量薬物療法に耳を傾け始めてくれ勉強が進みだし、入所者数も増え出した。また同時期より、内部のケアマネと外部のケアマネにも月一回の割合で勉強会を開き、少量薬物療法の効果と安全性について説明していった。徐々に少量薬物療法に対する偏見も消え理解も進み、少しずつ患者さんを紹介してくれるようになっていった。 平成24年4月から平成25年3月までは、SSにて薬物療法に慣れる期間であった。次の平成25年3月から平成25年10月まではSSで困難事例を入所させ、平成25年10月からは3ヵ月間のロングショートまで可能となった。その期間に合計42症例の少量薬物療法を施行した(図-3)。


図-3 入所中にBPSDに対し少量薬物療法を要した症例
3)各月における少量薬物療法を受けた患者さんの推移

平成24年4月から平成25年3月までの1年間で、BPSD患者の症状を軽減するために、萩の里認知棟SSを利用し少量薬物療法を施行した。そして、少量薬物療法を施行した患者を月に何人まで入所させることが可能か、また月に何日間まで長く滞在させることが可能になるかを調べた。

①ショートステイ入所者数の推移
図-4の如く、各月における少量薬物療法を受けたSS入所者数は、平成24年4月、5月初期の頃は、少量薬物療法に慣れていないため4名程度であり、毎月同じ顔ぶれが多かった。その後、徐々に慣れてきて且つ勉強の効果も現われ、新しい患者さんも入所させることができるようになった。平成25年2月と3月には、9名、10名と初期より2.5倍増えた。


図-4 各月における少量薬物療法者のショートステイ入所者数推移
②ショートステイ平均滞在日数の推移
次に図-5の如く、少量薬物療法を受けた患者さんのSS平均滞在日数は、上記と同様に初期の頃は慣れていないため4~5日と短かったが、平成25年3月には12.1日と約2.5倍まで長く滞在させることができた。これにより、少量薬物療法を習得すればBPSD患者さんを気軽にSSさせることができるようになった。他の介護施設のSSより、長く且つ月に何度でもSSさせることが出来るため、家族の都合に合わせて利用することが可能になり大変喜ばれている。


図-5 各月における少量薬物療法者のショートステイ入所者数推移
4)BPSDから見たショートステイ(SS)の利用方法

図-6の如く、ショートステイに入所する利用者をBPSDの有無とBPSDの程度によって分けていく。BPSDがないケースでは介護SSで良い。BPSDがある場合は、それが陰性BPSD(元気がない、暗い)なら介護SSを利用する。陽性BPSD(元気がある)の場合は、急性憎悪の可能性がある。暴力がなく暴言、大声で騒ぐぐらいなら少量薬物療法で抑えたら介護SSでも可能である。しかし暴力があって、体力があり徘徊行為を認めるピック病の場合は、絶対に少量薬物療法可能な老健が必要となってくる。 このように利用者をBPSDの程度によって、介護SSか少量薬物療法可能な老健SSに振り分ける事が出来るようになると、SSの利用効率が良くなり、SS施設の介護士、看護師のストレスも減りメリットはかなり大きいものと思われる。


図-6 BPSDから見たショートステイ(SS)の利用方法
現在介護系ショートステイにおいて、BPSDの程度によってはショートステイを2~3日で断られている患者さんも、今後、薬物療法可能な老健でショートステイする事が出来るようになれば非常に大きな事である。家族の介護疲れの解消にも大いに役立つと思われるし、介護系ショートステイ施設にとっても利用者を選択でき、利用効率を高める事ができ経営的にもプラスである。 静岡市70万人の都市で、たった1か所少量薬物療法可能な老健となっただけで、ケアマネとしてもいざとなったら老健のショートを使えるのは非常に心強いとの事である。実際、困難症例の紹介を受け、老健のショートステイを使い至適薬剤量を決め患者さんを在宅に返すことができている。 また、困難症例でなければ、かかりつけ医の段階で治療が可能となる。かかりつけ医としても、いざとなれば老健のショートステイが使えると思えば安心していられる。そうなれば精神科病院への入院もかなり減らすことも可能であり、また、精神科病院に入院した患者さんの受け皿にもなれる。 BPSDが憎悪したらすぐに精神科病院へ、というのでは家族やケアマネにとって負担が大きすぎるとの事である。 一方でこのシステムは、新たな施設が必要なく、既存の老健で認知症ショートステイの枠を増やし、老健の看護師、介護士、医師の意識改革と教育でこと済んでしまい非常に経済的である。 今後2025年に向けて認知症高齢者がますます増加し、それに対応するために医療費の負担も莫大なものとなりうる5)。そして、今までの「自宅→グループホーム→施設あるいは一般病院・精神科病院」という不適切な流れを変える事6)と、新オレンジプランで掲げている「認知症患者さんが住み慣れた地域で暮らし続けることができる社会」の実現7)のためには、少量薬物療法の習得ともう一つショートステイの役割分担をすることの重要性が見えてくる。さらに老健が在宅復帰強化型になれば、より多くの認知症患者さんが老健を利用できるようになり、地域包括ケアシステムの認知症に対する中核施設となりうる。

5)少量薬物療法を施行する際の問題点

①老健施設長の課題
少量薬物療法を導入する際の課題としては、施設長がBPSDの薬物療法について慣れていない場合がある。その際には、コウノメソッド8)9)を理解することが必要である。 コウノメソッドの素晴らしいところは、患者さんのBPSDを軽減するために、実際の現場で薬剤を使用するため組み立てられたフローチャートである点である。これは難しい医学的理論の勉強ではなく、今そこにいる患者さんの症状を軽減するための診断法とその診断経験に基づいた治療法であり、悪戦苦闘している現場の医師にとっては、認知症治療学の羅針盤と言えるものである。常に新しいものを取り入れ、治療法のバージョンアップを心掛けている点も素晴らしい。 人間の意識や心理作用というものは、現在の科学では未だ解明することが不可能である。認知症も元々の病気ではなく、ある種の老化現象的な所もあり、またBPSDは老化現象的なものに、個人個人の生きてきた環境や性格等々が反映されて出てくる症状のように思える。それ故に、同じ病気であっても出現してくる症状は個人個人で少しずつ違っている。この点を良く理解する必要がある。 また、抗精神薬の利き具合を見るには、入所して薬を投与すると一番分かり易い。コウノメソッドに沿って薬剤を使うので、過鎮静に対する予防もできるため更に安心である。 過鎮静を防ぐために、始めはドクターコウノの家庭天秤法9)を用いたが、病棟業務は日勤・夜勤・休みと交代制であり、同じ職員が必ず日勤や夜勤にいる訳にはいかない為、情報が正しく伝わらないという弊害が生じた。そこで、家庭天秤法を病棟用にアレンジして施設天秤法を作成した(図-7)。これは、医師が薬剤名と数量を数日分記入していき、現場からの症状に関する情報に合わせて薬剤量を決めている。一見面倒のように思えるが、薬剤量もはっきり書くことにより、またチェックシート一枚で皆が薬剤に対して情報を共有でき、安心して薬剤投与が可能になった。更に、病棟内での諸事情を考慮すると、日時を入れた方が良いとのことであった。


図-7 施設天秤法

②看護師・介護士の課題
次の課題として、看護師・介護士のスタッフがBPSDに対する理解や対応力の不足が挙げられる。特に、介護士の医学的レベルアップを図る必要があり、看護師の知識と同じくらいかそれ以上のレベルにする事である。それにより、フロアに多くの医学的な目を持った人たちが増えて、より細かく医学的ケアができるようになる。また、介護士が認知症に興味を持ち病棟全体のレベルが上がれば、雰囲気も良くなり仕事が面白く感じ、辞める人がいなくなる。薬の副作用による過鎮静を見逃さないためにも、介護士の医学的レベルを上げることは非常に重要である。 介護士の情報→看護師→医師へ報・連・相を徹底させることである。当たり前のことであるが、日常業務において単に報・連・相が重要だと言っても、なかなか徹底させる事がどの仕事においても困難である。少量薬物療法を実施すると、介護士も報・連・相の重大さを実感でき、患者さんをよく注意して看るようになる。

③看護師・介護士の絶対必要な医学的知識
図-8の左図は、アルツハイマー型認知症を理解してもらう為に使っている図である10)。


図-8 看護師・介護士の絶対必要な医学的知識

大雑把に、軽度では海馬・側頭葉が侵され記憶障害をきたし、更に進み中等度になると頭頂葉が侵され見当識障害をきたす。時間・場所・人の順で見当識障害を起こし、昼夜逆転や迷子になってしまう。更に進むと、重度となり前頭葉運動野が侵され動けなくなり寝たきりになってしまう、と説明している。朝の申し送りの時、解剖学的に侵されていく部位と症状を繰り返し質問して、その場で暗記させてしまうようにしている。
次に図-8の右図はFASTの分類11)であり、機能獲得年齢を入れていないものを見るが、それだと病気の進行と今後出現するであろう症状を関連付けづらくなってしまう。そのため、入浴させるのに患者さんをなだめることが必要になったら、中等度ATDで機能獲得年齢は5~7歳になってしまった。更に、尿失禁は重度ATDで3~4.5歳、便失禁が起ったら2~3歳位だと理解してもらう。子供が成長して成人になっていくのとは反対に、成人の脳が侵されて赤ちゃんになっていくことを、年齢でもって理解させている。
次に、図-9ではピック病を理解してもらうのに使っている。図-9左図の「三位一体の脳」に関しては、発生学的に人間の脳が三層構造になっている事を示している。


図-9 看護師・介護士の絶対必要な医学的知識

人間の脳(大脳新皮質)が、動物の脳(大脳辺縁系)と爬虫類の本能に係わる脳を被り込み、暴れるのを抑えている。つまり、理性の力(前頭前野機能)で動物の脳や爬虫類の脳で発生する情動や感情を抑えているので、前頭前野が支障を来すと、感情、情動を抑えられなくなってしまうと理解させている。 図-9の右図は、19世紀の米国で工事現場監督をしていたフィニアス・ゲージが、仕事中の爆発事故で頭に鉄棒が貫通し一命を取り留めたが、その後別人のように変わってしまった。事故前は非常に几帳面で温厚で責任感が強く、仕事熱心であったが、事故後は粗暴で不精で衝動的な性格になってしまった。彼の死後、解剖された脳の損傷部位が前頭前野だったことが推測され、これにより前頭前野に関する学問が非常に発達したと言われている12)。

6)治療方法

①四大認知症のBPSDに対する第一選択抑制系薬物と安全投与許容量
当施設の一番基本的な抑制系薬剤の選択と量であり、実際に診療をしていくにはコウノメソッド8)9)に沿って各々の症状に合った薬剤を使用している(図-10)。抗精神薬を初めて使用する医師にとっても、非常に理解しやすい方法である。薬剤は可能な限り散剤を使用した方が、薬剤量をコントロールし易く、薬のさじ加減も理解し易い。 BPSDの至適量は十人十色であり、降圧剤や胃薬を処方する様に倍量や半分量という感覚で処方してはならない。急いで増減せず、細かく細かく患者さんの症状を見ながら実施する事である。薬の使用感覚が今までのやり方と違い、増やしたり減らしたりを頻回にやる必要がある事を理解することである。


図-10 4大認知症のBPSDに対する第一選択抑制系薬剤と安全投与許容量

②高度のBPSDを伴った認知症治療の基本原則 (図-11)
医療面では、少量薬物療法を基本とし、副作用が出ないようにスタッフからの情報を十分に参考として少しずつ増量及び減量し、至適量を決めていくことである。介護面においては、四大認知症の症状を十分に理解した上で、その疾患の症状に合った医学的ケアを目指すことである。今までのお世話的なケアと違うことを理解しなければならない。 例えば、ピック病で陽性症状が強い場合は、抗精神薬が効いて介護指示が入るまで、患者さんの行動を絶対に制止しないことである。制止すると暴力行為が出ることを知っておく必要があり、遠位見守りをすることである。反対に、レビー小体型認知症で意識障害を認める時には、日々の意識障害の程度に合わせてケアをしなければならない。 ひどいBPSDに対しては、決して薬物療法だけで或いは非薬物療法だけで治そうとしないで、まずは薬物療法50%、非薬物療法50%を目安に対応することである。薬物療法の割合は、治療経過中に可能な限り下げることはもちろんである。副作用である錐体外路症状、高プロラクチン血症、心突然死のいずれもが、抗精神病薬の容量が増えれば増えるほど、その出現リスクが上昇する13)。そのためにも、抗精神病薬のクロルプロマジン換算による用量別心臓突然死出現頻度は理解しておく必要がある14)15)16)17)。そうすることにより、抗精神薬による過鎮静等の副作用を防ぐことができる。そして非薬物療法だけで対応することは、介護する人達にとっても危険であることを認識する必要がある。 さらに、少量薬物療法で患者さん本人に笑顔が戻ることも多々あり、患者さんのQOLを高めるためにも必要であることを実感している。このためにも、医療半分・介護半分の中間施設である老健は、認知症BPSD患者を看るには最適な施設である。


図-11 高度BPSDを伴った認知症治療の基本原則

7)困難症例について

認知症について勉強が進み慣れたところで、かなり重度のBPSD困難症例の患者2例を緊急入所させた。 ①困難症例1 図-12の如く、この患者さんは山登り好きで体力のあるピック病の方で、真夏の炎天下を毎日徘徊距離片道10㎞以上におよび妻も付きそい、疲労困憊となり希死念慮を訴え緊急入所させた。暴力行為が並大抵ではなかった(図-13)。施設の器具を結構壊されたが、ケアの仕方を勉強させてもらった。この患者さんから、ピック病は本人がいきなり暴力を振るうことはなく、何かを行っているのを止めようとすると暴力がでる、という事を教えてもらった。 始めはその事が解らなかったため、夜になると服を着替えさせようとしたり、風呂へ誘導しようとすると、激しく暴力が出た。


図-12 困難症例(1)

図-13の如く、治療経過では入所後3日目までは徘徊、放尿、放便と暴力が多く、3日間一睡もしなかった。3日目の夜から薬が効き出し、介護がほんの少し楽になった。4日目から日中にBPSDが出現するも夜間はしっかりと眠ってくれるようになり、8日目よりBPSDは少し減ってきたため、クロルプロマジンを62.5mgに減量した。入所17日目よりBPSD症状は現れなくなり、28日目には退所した。その後、在宅とデイケア、SSを使い主治医の所で薬剤の減量が続き、同年12月に特養に入所した。この時の薬剤は、クロルプロマジン朝10mg昼10mg夕20mg、メマンチン朝20mg、フェルガード朝100mg1包であった。


図-13 治療経過

②困難症例2
図-14の如く、84歳男性でレビー小体型認知症の患者さんで、幻視や暴言、夜間の大声を認めていた。平成25年夏頃より度々意識障害を認め急性期病院に受診するも、検査上は異常がないという事で点滴をされて帰された。その後、徐々に食事が摂れなくなり、全身衰弱や脱水を認め寝たきり状態となり緊急入所した。


図-14 困難症例(2)

治療経過は図-15の如く、意識障害が強く食事摂取が困難なため点滴で栄養補給を行い、シチコリン1000mgの投与を開始した(図-15)。その後、意識障害が少しずつ改善し、入所6日目には意識がかなりはっきりとしてきた。食事も6日目から自力で食べることができるようになり、点滴は中止となった。精神不穏もなくなり、13日目からはリハビリを開始し、29日目には歩いて退所された。 初めてシチコリンを連日投与した症例で、病棟の皆も本当に回復できるのか固唾をのんで見守った症例であった。


図-15 症例2の治療経過について

III.少量薬物療法を施行した場合の利点と社会的効果

利点を、1)家族側の利点、2)施設側の利点、3)思わぬ利点、に分類した。

1)家族側の利点

図-16の如く、最も大きな利点はBPSDによる家庭崩壊を防ぐことが出来ることである。ケアマネも家族も、今まで患者さんがBPSDを併発しても患者さんに寄り添ってBPSDを治療して貰える入所介護施設がなかった。家族からすれば、いきなり医療だけの精神科病院へ行くのには抵抗があり、ケアマネを通じて助けてほしいとの相談が多かった。 元々、老健は介護施設であり、本来は家族もケアマネも気楽に相談ができる所である。また、前もってケアマネへの勉強会を通して少量薬物療法を理解して貰った事が良かった。一回SSに入所させ、介護50%、医療50%の少量薬物療法可能な老健の対応の仕方を知り、これなら家族を入所させるのに問題がないと理解して貰えれば、次回から気楽に抵抗なく使ってくれるようになっていった。そして、介護疲れの息抜きに施設を使う事ができるようになり、しかも以前のように入所期間が2~3日だけという制限もなく繰り返し利用できるという利点があり、非常に喜ばれている。家族の方々の訪問も増え、患者さんとの接触時間も増え、お互いに笑顔が溢れるようになってきている。


図-16 少量薬物療法を施行した場合の家族側の利点

2)施設側の利点

図-17の如く、少量薬物療法を行うことで、BPSD患者さんが暴れたり大声を出したりする行為を抑えるため、介護士が以前のようにヘトヘトになる事がなくなった。また、以前では暴力を認める患者さんが入所した場合、夜勤者の危険が高まり絶対に女性介護士同士で夜勤をさせることがなかった。今では、安全も確保できるようになり、女性2人だけでも夜勤が可能となっている。従業員のメンタルケアーの面でも少量薬物療法の効果は大きく、これにより介護士のBurn Outをかなり防ぐことが出来るようになった。 その他には、他の患者さんに迷惑がかからなくなり、他の患者さんの入所制限も無くなった。当然、本人の入所期間もかなり延長することが可能となった。


図-17 少量薬物療法を施行した場合の施設側の利点

3)思わぬ利点

図-18の如く患者家族より介護士に多くの感謝を頂き、自分達の仕事が患者家族の自殺を防いだり、家庭崩壊を防いだことによって、充実感・満足感を味わえるようになり、仕事に対するやりがいを感じるようになってきている。少量薬物療法と感謝されることが相まって仕事が面白くなり、認知症介護士冥利につき、最近では離職者が減り他病棟より認知棟への勤務希望者が増えている。驚くべき事である。そして、在宅復帰強化型老健になってより認知症患者さんの入退所が、今までより頻回となりケアマネとの接触も増えたことにより、ケアマネとの溝も埋まり、医療―介護の連携がうまく行き始めている。 更に、家族がいつでも会いに来ることが出来るので、現在の患者さんの安定ぶりを見て、これなら在宅介護が出来るとの安心感を与えている。それにより、施設入所⇔在宅の流れがスムーズになっている。


図-18 少量薬物療法を施行した場合の思わぬの利点

4)BPSD併発患者の家族が萩の里へ入所させた理由

図-19の如く、42症例のうち40症例の家族からアンケートを取ることが出来た。 家族が自殺を考えるまで追い込められた症例は2症例であった。この時、ケアマネからの連絡で緊急入所させた。このままだと家庭崩壊してしまう症例が10例であった。更に家族が、仕事を持っていて仕事が出来ず耐え切れない症例が16例、仕事を持っていない家族では家庭で息抜きが出来なくなっている症例が10例であった。その他2例が、今入っている場所に家族が不満をもって萩の里へ移ってきた。


図-19 BPSD併発家族が萩の里へ入所させた理由

ところで、BPSD患者を持った家族の2大ストレスは、家庭内の問題と近隣への迷惑に対するストレスである。家族の方にBPSDに対して著しいトラウマがあると、在宅で看ていく事が不可能になってしまう。図-19の1と2の家族はトラウマが大きく、患者さんが少量薬物療法で安定しても自宅で看ていくことが不可能であった。何かの拍子にBPSDが再燃することを考えるとパニックになってしまい、施設での長期入所のことしか考えられなくなってしまうとの事であった。この様にさせない為にも、早期対応でかかりつけ医の段階での少量薬物療法は非常に有効である。 このかかりつけ医における少量薬物療法での対応と、かかりつけ医と同じ発想でのかかりつけ老健としての少量薬物療法可能な在宅復帰強化型老健は、これからの認知症新オレンジプラン7)を推進させるためにも非常に重要な事であるのが見えてくる。

IV.病院からの「受け皿」施設として

1)重度のBPSD患者の入所前の施設(42症例)

図-20の如く、重度のBPSD患者の入所前の施設では、在宅からが最も多く、その殆んどがケアマネからの紹介で35症例であった。その他症例数はまだ少ないが、急性期病院からの紹介もあり4例中2例がピック病関連の患者であった。精神科病院からは2例あり、2例とも徘徊の著しいピック病患者であった。


図-20 重度BPSD患者の入所前の施設(42症例)

2)急性期病院からのBPSDの内訳

図-21の如く、4症例とも少量薬物療法可能な老健からしたら、ごく普通のBPSD患者さんであったが、急性期病院では抗がん剤の治療による嘔気や全身倦怠感が強い患者や、手術後の患者で術後の回復過程にある場合では、夜中に大声を出されると安静が保たれず、治療を受ける環境ではなくなってしまうとの事である。特にピック病は、急性期病院で看ていくのは大変である。徘徊する患者さんは少量薬物療法可能な老健が最適であると考える。


図-21 急性期病院からのBPSDの内訳(4症例)

3)精神科病院からの受け皿として

図-20の如く、精神科病院からの紹介は2例と少なかったが、「認知症患者の精神科病院の入院の実状」(図-22)によると、平成23年時点で全国に5万人いると言われており、現状ではそれ以上入院されていると考えられる。本来の精神疾患を持った患者が入院できなくなるのが危惧されている。また、認知症患者を精神科病院に入院させると、一人あたりの医療費が老健へ入所させた時の介護費用より、かなり高くなってしまうことも大きい問題である。 今後、高齢化率の上昇に伴い増々BPSD患者が増えていくと、それに関わる医療費も莫大なものになってしまう可能性がある。このような場合でも、既存の老健で少量薬物療法を普及させていけば、医療費の節約としての役割も相当なものになると考えられる。


図-22 認知症患者による精神科病院の入院の実状

4)BPSD患者を看るのに適した施設の比較

図-23の如く、BPSD認知症患者さんを看るのにどの施設が一番適しているのか、職員の人員配置と機能面から見てみた。 病院は看護師が主体であり、介護スタッフが居ない。又、病棟の内容が、認知症患者さんをみれるようにはなっていない、且つ他の患者さんに危険が及ぶ可能性が高く、安静が保てなくなってしまう。反対に特別養護老人ホームでは、医師が常駐しておらず介護士が主体であり、医療が弱く薬剤を臨機応変に使用できない。ところが、少量薬物療法可能な老健では、BPSD患者が必要とする薬剤も投与が可能で、且つ非薬物療法を担う介護士スタッフも充実している。 今回、我々の経験からしても、医療半分、介護半分の中間施設である少量薬物療法可能な老健が、認知症BPSD患者さんを看るのに最適な施設であると確信している。


図-23 BPSD患者をみるのに適した施設の比較

V. 結語

以上より、
1) 老健におけるBPSD患者に対する少量薬物療法は、患者さんのQOLの向上と家族及び介護士のバーンアウトを防ぐことができた。
2) BPSD患者を治療するには、医療半分、介護半分の少量薬物療法可能な老健のシステムが最適である。
3) 少量薬物療法可能な老健は、急性期病院の苦手なBPSD患者の「受け皿」施設となりうる可能性がある。
4) 少量薬物療法が可能な老健を普及させていけば、認知症BPSD患者さんにまつわる多くの社会的な問題が解決されていくと考えられる。
5) BPSD患者さんに対するかかりつけ老健としての少量薬物療法可能な在宅復帰強化型老健の存在は、地域包括ケアを実現するための大きなツールの一つであることが見えてくる。

VI.参考文献

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4)河野和彦: レビー小体型認知症 即行治療マニュアル2011, フジメディカル出版
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6)厚生労働省:「認知症施策推進,5カ年計画(オレンジプラン)」,2012
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